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ー2010年ー

○2010年6月7日より13日までの1週間, 劇場を使って舞台のビデオ撮りをします。  

○「フラメンコの精髄」の特別講読も今年2010年でいよいよ大詰めとなりました。(2005年に開講しましたが、途中リサイタル、渡西などで中断しました。早いものでもう5年も経ちましたが、この間一度も欠席しなかった人達もいます。たのもしい限りです、是非血肉化してもらいたいと思っています。8月終了予定)

○「フラメンコの精髄」のスペイン語訳の最終チェックも開始するつもりです。

○私の日々感じたことを書きこむ「コギト/日々の思い」のコーナーを設けたのですが、忙しく日々を送っている身ではなかなかそこまで手が回りません。近々、書き込みを開始します。

 

※インフォメーション等については、その都度HPに流しますのでご覧ください。

 

                                     ー Lucia ー

「フラメンコ、この愛しきこころーフラメンコの精髄ー」の読者の方へ


 誤植、校正ミスの箇所については改訂版を出版する時にと思っていましたが、できるだけ
早くお知らせしたいという思いは出版当初より強くありましたので、この紙面を借りてお伝え
します。

            誤                正

P48.12     西パリーリー語     →   西パハーリー語
P52.4      テルモピレーの戦いの覇者 →  テルモピレーの戦いの覇者クセルクセス1世の父 
122.4          氷川  →   永川(ながかわ)
P179.4                 同上
P188.4                 同上          
P192.8      戯れ(たわむれ)女   →    戯れ(ざれ)女
P209.6      『フラメンコのルーツ』  →  『ラ・カンシオン・アンダルーサ(アンダルシアの歌)』 
P226.8      フラメンコの母      → フラメンコの歌の母
P232.10    フラメンコやギター    → フラメンコギター
P240.2     「42年とする説もある。」の文章の次に、以下の文章を挿入する。
       “ただ、ベガ氏は、近著「フラメンコ・エン・マドリッド」で、セヴィージャ
       の店はオープン当時ショーを入れたという記録がなく、記録に残る最初
       のカフェ・カンタンテは1846年、マドリッドのアルカラ通りの「カフェ・セル
       バンテス」である。と訂正している。”
P270.10    メルチョーラデ・マルチェーナ → メルチョーラ・デ・マルチェーナ
P274.12    ホアン・マジャ・“マルテーロ”のあとに「や ホアキン・アマドール」を入れる。
P274.14    “マローテ”  → ホアキン・アマドール
P277.11    ウエット → ウイット 
P329.13    鷲田清一 (せいいち) → 鷲田清一(きよかず)
P332.12    イベロ・ケルト → ケルトは取り、イベロのみとする。 
P332.14    フェニキア → フリギア
P338.10    空ひろく → 空ひろびろ
P347.4      さんしゅう → さんしゅゆ
P348.5      清一(せいいち)  →  清一(きよかず)
P359.6      la unit → la nuit
p376.1      ルチェロ → ルチゥロ
p378.4      その言葉自身が → その言葉の存在自身が
p397.12    小海永二 ロルカ像の探求 舷燈社 1984 → García Lorca obras completes.
p404.7      63A.Larrea,El Flamenco en su Raiz,1974 →63A.Larrea,El Flamenco en su Raiz.
               Editora National 1974.
p404.7      La Cancion Andaluza → La Cancion Andaluza 3Vol.
p404.9      Guia del Flamenco Editora National → Guia del Flamenco,Editora National

                               

                                             橋本ルシア

 

※濱田滋郎氏(音楽評論家)の書評についてはカテゴリ「information」のp2に全文掲載。

 


 

橋本ルシア 「テアトロ ライブ」の舞台を観て

〇 “深海に漂う一輪の赤い花”

 それは私の知るフラメンコの踊りとは大きく違っていた。「能」のように切れ味が鋭く、驚くほど寡黙。激しく床を踏み鳴らす魂の舞は、狂おしいほどに観る者のこころを揺さぶり続ける。それが、舞踊家、橋本ルシアさんの舞である。その舞台に接してから、すっかりフラメンコの魅力に取りつかれてしまった。  (「産経新聞」 鳥居真里子氏の文章より)

 

〇ーいよいよ純度を増していくへレスの味は、ブレリア・デ・へレスの歌い比べ、弾き比べで熟成の時を迎える。それを完成させたのが、橋本ルシアのファルーカだ。さきほどのシギリージャ・イ・マルティネーテとは全然別の、研ぎ澄まされた気合い。闘牛士が牛の気配を感じて動くように、そのとき聴こえた音に反応しながら創られていく。一期一会のファルーカを観た。 (月刊「パセオフラメンコ」より)

 

〇ほんとうに素晴らしかったです! かなり昔、妹がプロのフラメンコ・ダンサーでしたので、一時はフラメンコをむさぼるように観ましたが、最近は何故か遠のいていたので、久しぶりにホンモノを満喫させていただきました。                 (映画監督/女性)

 

 〇おおう、と感じる何かがあるかどうか。とどのつまり、フラメンコはそういうものではないかと思う。毎週通った橋本ルシアのライブに目からウロコを落して早27年。今夜のシギリージャに「おおっ」と反応した私は、当時からポテンシャル全開だったルシアの満足できるひとつの到達形をそこに観た。彫りの深いコントラストから立ち昇る"華やかな暗黒"は真摯さのみにとどまることなく、とてもチャーミングだった。 (「月刊パセオフラメンコ」 小山雄二氏)

 

〇 橋本ルシアさんの踊りからは、以前、「能」を観たときや、山海塾の舞踏を観た時に覚えたような衝撃と感動を感じました。指一本でステージの空気感を様々に操ってしまうような卓越した表現力は、本当に素晴らしいと思います。         (デザイナー /女性)

 

 〇とても素敵でした。斬新的でびっくり、表現力に魅入られました。やはり、すごい!! (公演をインターネットで知って)

 

〇素晴らしい会でした。ルシアさんの舞は、あたかも神と交流している巫女かとまがうほど、異次元の出来事のようでした。踊りの表現力って限界がないのですね。 (60代 女性/編集者)

 

〇 今回はいろいろと目からウロコが落ちた。橋本ルシアさんはますます神懸りというか、なんというか、決して飼いならされない何かを感じました。 (編集者/男性)

 

〇本当にスペインの風が吹いてきた様な舞台でした。ルシア先生、すごいオーラで、神と交流しているように見えました。完全に踊りそのものになられていて、普段は普通の動きをしているところが、もはや想像できません。            (40代女性/音楽家)

 

〇やっぱりルシア先生はスゴイ!     (30代女性/絵本作家)

 

〇今までもルシア先生の踊りは拝見していますが、今日は今まで以上に見とれてしまいました。圧倒されました。近くにこんなに素晴らしい人がいるって、本当にすごいことだと思います。本当に素晴らしかった。自分一人で観たことがもったいなくて、悔やまれます。次回はもっとたくさん人に観てもらいたい。知り合いを首に縄を付けてでも連れて行く。   (60代男性/デザイナー)

 

〇ずっとこの感動をお伝えしたかったのですが、本当に素晴らしい舞台でした。フラメンコはもちろん、他のジャンルの舞台でもかって感じたことのないような魂の震えるような感激を覚えました。特に、橋本ルシアさんが紫色の衣装で踊った曲(シギリージャ)は、あの場で表現しているものが胸に迫ってきて涙がでました。    (セラピスト/女性)

 

 〇新宿文化センタービルで踊るルシアさんを拝見したのは20数年前になる。3年間のスペイン滞在から帰りフラメンコを描こうと思ったのが最初の出逢いであった。以来、フラメンコに接する機会は多いが、ルシアさんの踊りは何か違うものを持っている。内面の激しい気迫・情念はクワドロの粋を突き破って踊っている。哲学的思考を持ちながらその気負いを感じさせない。そして、その踊りの中に宿命的ともいえる民族の悲しみを見る。私にはそう思えてならない。或いはその中にデュエンデがひそむのかも知れない。(画家/小松欽氏の文章より)

 

○「産経新聞」掲載の鳥居真里子氏の橋本ルシアについての文章。

 

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