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コギト/日々の思い

2020年4月

  「おそい!」と、湯バアバなら怒鳴るでしょう。すでに1月末の段階でやるべきであったことを、4月になってようやく「スピード感をもって」やるなどというのは、現実の真の姿が見えない者の二律背反の言動というしかありません。危機意識の高い一部の国民は、とっくに1月末の段階でオーバーシュートを疑っていたはずです。その時期に手を打っていれば、今頃は収束期に近づいていたでしょうに。そもそも「スピード感をもって」などという、間の抜けた、日本人なら使うはずのない言葉を連呼する人々というのは、一体何者なのでしょうか。その言葉は、不実か無能の赤ずきんのようなものに思われます。

 新自由主義という最終段階に到った資本主義が、何でもあり、故に何もないという思想に基づいて、階級闘争も無化した勝利の果てに、最後は腐り果てて自滅していく様を、今私はリアルタイムで見ているのだと実感しています。ライバルの息の根を止めた罪は、度し難い重圧となって、今度は自己自身に襲いかかってきているのです。世界は新たな段階(体制)へと、命がけで変容しなければならないと、新型コロナウィルスは私達に教えているように、私には思われるのです。

                                               2020 4/9 

2020年3月

 残念ながら私は、郷土史といった類のものには、あまり興味を引かれません。好き嫌いの次元の話ですから、その愛好家はいて当然で、それについて頓着はしないし、おおいに結構なことと思いますが、私は人間存在と人間の歴史や人間についての考え方の歴史が好きなせいか、無意識のうちにたぐり寄せられるように引き寄せられてしまうのは、決まって人間の生の姿がむき出しとなる、胸が締め付けられるような切迫した政治史、権力闘争史で、しかも資料がほとんどなく、あったとしても改ざん、隠蔽、メタファー等がほどこされた、つまり文字表記がおよそ信用できない「正史」の類しかない時代(古代)のそれで、さらにまだ民衆一般は存在せず、部衆や奴婢がいた時代のことですから、たまったものではありません。深い闇を抱え込んだ古代史の謎が、アリスを誘う不思議の国のように私の前に立ち現れ、私を幻惑するとでも言うべきでしょうか。

 「なぜ」と一言呟いた途端に、漆黒の闇の旅がいやおうなく始まってしまいます。封印された真実を白日の下に引きずり出すべく、手探りで闇に分け入り、また生い繁る虚偽の密林の草木をかき分けてはいずり回る、何とも呪わしく孤独な探求の旅。いわば裸足で、素手で地をはい回るような探求の旅とでもいうようなもの。

 その意味では、私の古代史研究は、資料豊富な中世以降の歴史学や、地をはう考古学や、靴を履いた文化人類学や民俗学などとはかなり異質な世界ではありますが、もちろんそれらの学の成果も、真であり有意義であれば躊躇なく参考とさせていただくのは、いつものことではあります。たとえ、民俗学者の某氏が遠野の農民を呼びつけ、一段高い位置で、その語る民話を聴取していた折に、農民が卑猥な話に入ると、「そんなものはよい」と高飛車に下がらせたというエピソードを知人から聞いた時の釈然としない感覚が、私の心の底に今なお残っているとはいえ。

 諸学は、実は真理を求める族の共闘という意義をもつものであって、決して、一つの学が他の学を攻撃、排撃するようなことがあってはならないと私は考えております。排撃などという狭量な心では、真理を求める道には踏み込めないはずです。排撃する時間があるのなら、そのすべてを自己の狙い定めた研究領域に投入する方がよい。人の一生は露の間なのですから。

 なお、ガブくん(M・ガブリエル)が自然科学を好みつつ嫌う(正確には、自然科学主義を嫌っているだけのことですが)のは、ホーキングが物理学の昨今のわずかな進歩をもって、哲学は無用のものとなったなどと浅薄な攻撃を仕掛けたのが一因と思われますが、ホーキングはそんなことを言うべきではなかった。彼は、若い哲学者を怒らせたという以前に、己の不見識を自己暴露してしまい、またそのことで、物理学者全般を貶めてしまったのです。哲理のない科学者の行きつく先は、マッドサイエンティストであることは自明といえましょう。歴史学者もまた然りです。

                                     

                                        2020  3/22

 

 

2020年2月

〇「火焔の王」読者から寄せられたご質問 (2)  ※(1)は「インフォメーション」に掲載中。

 古墳(王陵)の内部調査が可能となれば、諸王の確定が進むのではないか、ということについて。

 現在封じられている古墳(王陵)の発掘調査が、古代史研究にある程度役に立つことは、疑いえない事実であり、考古学の成果は、古代史研究の大きな一助となるといえますが、古墳こそがすべてを語る確証物となりうるかという点は少々疑問です。なぜなら、人類が登場する以前の太古の地層などとは異なり、古墳(王陵)は人間が造ったものにすぎず、しかも政治、権力に強く関係する建造物ですから、虚偽の面、つまりダークな側面も合わせ持つのは当然と思われるからです。つまり、古墳は、美と戯れる芸術家や、真理、真実を尊ぶ研究者が造った類のものではなく、大小問わず存在していた権力者の鎮魂、賞賛、あるいは隠蔽、封殺などをも目的として造られた恣意性の極めて強い性格を必然的にもつものとして、冷静に、クリティカルに捉えられるべきものに他なりません。

 要するに、古墳(王陵)もまた、偽証することがあるという点を忘れてはならないということです。

 「70年研究したけれど、まだわからない。だから古墳は面白い」と、大塚初重氏(明治大学名誉教授)は記されていますが、その言葉は実に示唆的と思われます。

 歴史というものは、常に二度と触れることのできない事実という名の推定の世界以外の何ものでもない。そして、言うまでもなく、歴史学としての古代史研究には、緻密な考察と豊かな想像力、そして大胆で鋭い洞察力が欠かせないことも付け加えておきましょう。

                                                      2020 2/20

 

 

〇おそらく、後世の歴史には「人災」と記されるはずです。猛威を振るう新型コロナウィルス性肺炎に倒れた方々を悼むとともに、闘っている最中の方々の無事を心から祈りつつ、手洗いとマスクと自己免疫力にしか活路を見出せない多くの人々が、この現実にあきれつつも、怯えることなく、淡々と、あるいは力強く、乗り越えて行かれることを切に願ってやみません。

 生きて、お会いしましょう。 

                                                      2020  2/16

2020年1月

 〇いまのところ、両立しない相対性理論と量子力学を平和共存させることの出来る唯一の理論は、弦理論だそうで、それは9次元世界が妥当だということですが、9次元なんて、もう面白すぎて狂い死にしそうなほどワクワクしませんか。もしかすると私達と私達の宇宙は言われているほど巨大なわけではなく、その中にいるから広大で無限と思っているだけで、実は、小さなマッチ箱やゼリービーンズのようなものにすぎず、私達も本当は小さな小さな、吹けば飛ぶような虫やチリ以下の存在かもしれませんね。でも一つだけ確かなことは、魂(精神、こころ)だけは無限大の可能性をもっているということです。いずれにしても、宇宙の外側から、私達の宇宙や私達自身を見ることはできないわけですから、大きかろうが小さかろうが、広大な夢を見つつ、ほがらかに真実を看破しながら生き抜くというのもまた一興といえるのではないでしょうか。

※精神とは、「意味との出会い」です。 

 

 あけまして、おめでとうございます。今年もひるまず生き抜きたいものです。

                             2020  1/1

2019年12月

 〇犯すなかれ、偽証するなかれ、旧約のモーセへの戒めには、当然この言葉も含まれています。伊藤詩織さんは、心に刃をもって、本物のジャーナリストへの道を歩めばよいだけのことです。大丈夫!

                                              2019 12/21

2019年11月

〇ことは簡単です。私たちはたんなるヒトではない。人間です。人間を人間たらしめているものは、自らの存在を問い、探求し続ける自由な精神であり、マルクス・ガブリエルは、それを意味にたいする感覚・感性としていますが、その人間の精神という実に豊かな心のスペクトルが、歴史を経てついに見出した「人間としての良識」こそ、人間の生きる実践的規範でありましょう。

 いわゆる常識は、時とともに変わりゆく一時の固定観念にすぎないものですから、そうした常識の呪縛から自らを解き放ち、そして良識こそが、時代を超えた普遍的な実践の原理であると見定めるならば、その時はじめて、私たちの生き方はいとも簡単に決まります。良識を保ち、ただそれに従って、自由に存分に生きればよいだけのことですから。

 「盗むなかれ、殺すなかれ、偽証するなかれ」という旧約のモーセへの戒も、「行け、彼の智慧の岸へ(ガテー、ガテー、パーラガテ―)」と説く般若の言も、実は同じ本質の異なる表現に他ならないことは明らかでしょう。

 

                                          2019  11/24

 

〇小学2年生の頃だったと思います。教師が黒板に地図を貼り、ある地点を指して、方位を答えるように言った時、私はひどく困惑しました。もし、軸が、黒板の外や天井に置かれるならば、北や南と答えることはできませんから、先生は何を言っているのだろうかといぶかってしまったのです。また、三角形の内角の和が180度と教えられた時も、デコボコの石や波打っている紙に書かれた三角形の場合は、違うのではないかと思い、さらに詩のワンフレーズの解釈も百万通りの答えがあるのでは・・・と疑いました。極めつけは、、小1の頃、牧場で真横から見た馬の脚が2本に見えたので、2本足の馬の絵を描いたら、笑われてしまったことです。見えた通りに描いて、なぜ笑われるのでしょう。それなら目と口が逆方向に描かれたピカソの絵はなぜ笑われないのでしょうか。

 このように、小さい頃から先生や教科書が教えることに疑問を持つことが多かった私は、学校は好きだけれど、わけのわからないところだと悩み困った末に、「そうだ、ゲームと同じで、ルールと考えればいいんだ。そのルールが正しいかどうかは大きくなってから確かめよう」と思いなすことにしたのです。

 また、子供にとって先生というのは、人生の助言者の面もありはしますが、優位に立つ権力者のような存在の面もありますから、無能、あるいは理不尽と思える優位者には従わないプライドと心構えを持つ子供であった私は、たまに「先生」に徹底抗戦することもありましたが、根本的には弱者に寄り添う気質ですから、「ゲーテの『神曲』だぞ」などとのたまう定年間際のジージ先生には、そっと微笑みながら「ダンテ」とノートに書きつける度量もあったことは付け加えておきたいと思います。

 「答えは百万通りある場合もある」。「採点する先生もただの先に生まれた人に過ぎないかもしれない」。記述式を大学入試共通テストに導入するかどうかが取沙汰されている時に、ふと思い出されたのが、幼い頃の私の、こうした素朴な疑念でした。

 因みに、私は、家庭教師をつけてもらったこともなく、塾や予備校には通ったこともありません。

 

                                        2019 11/14

 

〇久しぶりに胸が高鳴りました。といっても恋の話ではなく、ガブくん(マルクス・ガブリエル 哲学者)とシェリングのことです。

 ガブくんが、「新実在論」のインスピレーションを、シェリングの「人間的自由の本質」から得ていることを知り、私の学生時代の師の一人故渡邊二郎さん(当時、東大文学部哲学科助教授、哲学科、仏文などでは教授の方たちを「さん」づけで呼ぶ習慣がありました)の講義ノートを引っ張り出した私の目に飛び込んできたのは、Ungrundすなわち「無底」という和訳でした。二郎さんはあの当時から、本質を理解されていたのですね。

 教壇上を飛び回り、板書を叩きながら講義される熱血二郎さんの小柄なその姿は、哲学の面白さそのもののようでしたが、当時の私は美的汎神論好きが昂じて、シェリング研究に生涯を捧げるべく、本郷3丁目の福本書店に、シェリング全集全11巻(原書)を注文していた最中で、それもかなり高価でそれを手に入れるためにバイトで苦労した覚えがあります。しかし、「存在論」であったとは・・・・。

 生来、心が向くことにしか没入できない私は、やがて、友人たちを見事に裏切り、フラメンコの世界などに突入し、あれこれの異種の人生を歩むわけですが、どこに引っ越そうとも健気に私についてきたのが、大学時代の哲学講義ノートとシェリング全集などで、いまさらドイツ花文字など読めないかもという私の気持ちも知らずに、それらは今もなお私の書棚に花を添えております。

 

                                                       2019 11/9

 

〇古代の人々の心に寄り添わない歴史って本当につまらないですね。色彩も、音色も、匂いもない。

 14世紀のモンゴル人でさえ、「蒼(あお)き狼と蒼白き(あおじろき)雌鹿の子孫」という誇りを持ち続けていました。彼らの心の奥底にみえるのは、ユーラシア大陸を西から東へと移動する祖先シュメールのサカ・スキタイとの邂逅の旅の幻影であったでしょう。

 メルヘンが真実の歴史の言葉に置き換えられる時、ほの暗い2次元の世界から、色鮮やかな、シンフォニーにも似た心踊る音に充ちあふれた、芳しい香料やパンを焼き、米を炊く匂いの織り成す、だからこそ怨念にのたうち、鮮血飛び散る生身の人間の息遣いが聞こえる4次元世界の古代史が、ようやく立ち現れてくるのです。

 私達はシュメールの末裔、長い旅のはて、ユーラシア大陸の東端にたどりついた。宇木汲田(北九州)は「シュメール人」という意味のシュメール語です。シュメールやサカ・スキタイ、サルマタイ、マサゲタイなどが、あたかも西方史の主役のように考えられているのは、ただ単に彼らの東方への旅の解明がなされなかっただけのことです。問題は、ただ解明すればいいだけのことです。

 シュメール、マサゲタイ、サルマタイなどの東方への旅の詳細については、拙著「火焔の王」をお読みください。

                                                                                                 2019. 11/3

2019年10月

 〇富山から「スバラシイです。」という便りが届いたのは、9月末のことでした。便りの主は、富山在住の芸術家の女性で、妙な縁をきっかけとして、友人となった方ですが、私の「火焔の王」という書を富山の書店ではどうしても見つけられないので、送って欲しいということから、急きょ、配達が最速と思われるアマゾンに、知人を通じて(というのも、私はアマゾン利用者ではないものですから)配達を依頼したという経緯があったわけです。2,3日で届けられた「火焔の王」を彼女よりも先にお読みになったのは、工芸美術家の夫君の方で、上記のように感想を述べられた後に、「貴女はスバラシイ友人をお持ちでよかったですね。」とおっしゃったそうです。

 100年後くらいには一般に理解されるようになればと覚悟していた私には驚きの言葉でした。しかも、かつての越の一角である富山の方の評価ですからなおさらです。フラメンコに関する書を上梓した時と同様に、人々は私の予想以上に聡明なのだと信じられる瞬間でもありました。

                                                10/28

 

 〇今なお終わりの見えない、激甚台風災害に苦しめられ続けている被災者の皆様のことを思うと、本当に胸が痛みます。できるだけ早い、再生復興の日の訪れを、心から願っております。

 

                                                            10/24

2019年9月

 

 古代史の真実を探る旅は非常に楽しくもあり、厳しいものもありましたが、この界隈に巣くう怪しげな者というのは他のジャンルよりひときわ多いというのもこの領域の特徴でもあります。それは知を必要としない、寄せ付けないカルト的盲信そのものが蠢いているからと言えます。そのようなものには一切興味もなく、関わりたいとも思わないので一線を画しますが、今回上梓した「火焔の王」は、歴史をクリティカルにとらえることで新たに浮かび上がってくるものがどのようなものなのかを具体的に提示しています。

 世のため、人のため、そして何よりも自分のために書き上げたのですから、今はもう思い残すことはありません。すべて出版されれば全8巻になる原稿は、秘かに私の宝といたします。しかし、「正当な」質問についてはいつでもお答えするつもりでいます。

 

                                                                                                            9/15

2019年8月

 

現在、天文学の本を読み終え、以前読んだ哲学書(M・ガブリエルなど)を読み返しています。

  

                                                                                                            8/5

2019年6月

  

 目まぐるしい変化というのは、果たして進歩なのでしょうか。むしろ、確実なものを見出せず右往左往している危い状態のことかもしれません。

 そこで、私はしばらくはクラシックなスタイルに回帰しようと思いますので、お問い合わせなどはできればTELかFAX、あるいはお手紙がうれしいです。声のすばらしさ、手書き文字の楽しさはかけがえのないものです。とりあえず、利便性は度外視というのもまた一興ではないでしょうか。

 

                                      6/10   

2019年5月

 5月に入ったと同時に我が家の奇跡のバラが咲き始め、今6輪が風にそよいでいます。スタジオへもバラの花が咲き誇る小道を選び、話しかけながら行くものですから、少々家を早めに出る必要があります。

 思えば昨年の5月の記憶が私にはありません。というのも、4月から古代史の執筆に入ったからです。構想としては10年ですが、我を忘れて原稿用紙に向かってから約1年後の5月17日にようやく「火焔の王」として出版されました。渾身の力をふり絞っての古代史ですが、一般のそれをはるかに超える内容となってしまいました。愕然とした事象に茫然となることもしばしばでしたが、なぜ、なぜと問い続けた結果の真実ですから、よしとすべきだと考えております。

 

                                                             5/23

 

 

 

 

2018年1月1日

 

新年を迎え さらに気持ちを引き締め

凛とした態度で事に臨みたいと思っています。

2017年ー日々の想いー

 黙っていた方がいいか・・・

  良いお年を!

                                                 12 /30 

 

 春も盛りを過ぎようとしている日々、寒風に耐え続けた庭のハナミズキはこれ以上ないほど白い花をつけ、また、息も絶え絶えだったナデシコも無数の花をつけ咲き誇っている。信じられない生命力で不死鳥のようによみがえる彼らの姿に今更ながら感動する今日この頃である。

                                             4/29

2016年ー日々の想いー

 初雪の中

今年もまた奇跡のバラの娘が

一輪美しく咲き続けています。

本当に可憐な花。

その健気な姿に

感動、多々

                                    11/24

ー2016年ー日々の想いー

 昨夜みた夢

亡霊がいつのまにか復活して

笑っていた

醜悪なものは、己の

醜悪さに気づかない

そのあわれさに、la nausée,

再び。

                                                   7/11

 

ー2015年ー日々の思いー

 奇跡のバラ一輪

 ピンク色のきれいな花を次々と咲かせていた鉢植えのミニバラが昨夏、突然うどん粉病に罹ってしまいました。息も絶え絶えのバラの葉や茎についた白い粉を家人が懸命にこすり落とし、薬剤を塗り栄養剤を与え看病したところ、11月になってたった一輪ですが見事な大輪の花を咲かせ、雪や寒風にもめげず3月まで咲き続けてくれています。さすがに3月に入ってからはピンク色も少々あせてきてはいますが、5か月も咲き続けているなんて、信じられない奇跡ではないでしょうか。家人の思いに応えるかのような花のがんばりには本当に感動させられます。そして、毎日、ありがとう凄いね、と語りかけています。

                                              3/26

 

  晩秋の庭もまた花盛り。

 昨年の秋から今年の4月初めまでの5か月間たった一輪寒風に耐えて咲き続けた奇跡のバラが、4月の半ばついに力尽きて花びらを落としてから半年、再び無数のつぼみをつけ小さいながら今や盛りと咲き誇っています。その下には、真っ赤な小花が数え切れないほどの勢いで咲き続けています。花の名前は思い出せないけれど、家人が水を与え続けた結果です。

 また、ハナミズキが実にセンスのよい色具合で紅葉し、その葉が風になびく様はまるで楽しい音楽を見るような風情でもあります。もちろんレモンの木は今年も多くの実をつけ黄色に色づいています。自然は豊かで力強い。人間事象のうとましさなど一瞬でかき消してしまうほどです。

                                             11/25

 

 

 

                                                                                                                                                                              

ー2014年ー日々の思いー

 新春を言祝ぐ間もなく、新年の開幕といった感じで、とにかく慌ただしく時が過ぎて行きます。しかし、そんな中でも充実した時の流れを日々感じています。得難い瞬間であると思っています。今年は5月11日にセシオン杉並で研究生の研究公演もありますのでまた何かと忙しさが増すと思われます。

 思えば、今まで私は直観を頼りに生きてきたような気がしますが、まったく悔いはありません。今後もますます琢磨し、さらに直観鋭くずんずん突き進んで行こうと思っています。

 

                                                   2014年元旦

2013年ー日々の思いー

 先日、某テレビ局から高円寺を紹介する企画で最後にフラメンコを体験するという構成で協力してもらえないかというお話がありましたが、月曜日はレッスンがお休みなのでお断りしました。他に紹介したいところはありますかと聞かれたのでありませんと答えました。

 そのこととは別に、以前より教室の無料掲載をしないかとか、SEO対策とか頻繁に電話がありますが私自身はあまり興味もなく何のことやらよくわからないのでそのようなことについては担当者に任せていますが、その担当者も「アイホン?」片手に歩き回るタイプではないので最近ではわからないことが多いようです。しかし、私はそれで構わないと思っています。末梢的なことは飽くまで末梢的なこと、根本的なことは何も変わっていません。メディアの術に振り回されているよりもっと肝心なことに心血を注ぐべきではないでしょうか。

                                                       2013  7/3

                                                 

2013年ー日々の思いー

2013年 迎春

 新年あけましておめでとうございます。

  Feliz  Año  Nuevo

 Je vous souhaite une bonne année

                                                         Lucia Hashimoto

 


 

2010年ー2011年ー2012年 ー日々の思いー

 


 今、古代のパノラマが見えています


 ここまで来るのにどのくらいの時間を費やしたのだろう。しかし、このような時を味わえることに感謝しています。残念ながら、その間にグレ猫さん(ライトグレーの毛並の猫)が「幸せの国」に旅立ちました。

                                                2012 6/29

 


 久しぶりに香港A型にご対面


 15年ぶりにインフルエンザにかかりました。香港A型、ほんとうにしつこい風邪です。今は完全に回復しましたが、少々無理をしたのがたたったのだと思います。皆さんも頑張り過ぎず体をいたわってやってください。とにかく油断は禁物です。

                                                 2012 2/20

 


 マイライフスタイル


  毎日寝るのは朝方の7,8時頃です。いつも原稿用紙に向かって小鳥の声を聞く、何か物書きのような生活ですが、踊らないと体が軋み出します。そして、踊り始めると何とも心地よい、食事の時間も忘れついつい何時間も踊ってしまいます。そんな私の生活を知ってか知らずか、ありがたくも中高年の研究生からの差し入れが多いのです。ふと、「お布施」で生きているような気さえしてくる今日この頃です。

                                               2012 1/9


 「なでしこジャパン」優勝おめでとう!


  身もこころも一体となったプレーに時を忘れました。勝利の女神は、あなた方を選び微笑んだのです。

勝利の女神が「微笑む瞬間」とはどういうことかを忘れずにさらにたくましく生きてください。

 P.S.  商業主義にご用心。

                                               2011.   7.19


苛酷な現実


 200年後の世界の風景が見える。荒涼とした大地に点在するおびただしい石棺の群れ。石棺はひび割れ、漏れ出たセシウムやプルトニュウムまじりの風がむなしく吹きわたる。原子炉の墓場の光景である。

 いまだ制御するすべも見出せない幼稚な科学のレベルであるにもかかわらず、おごりたかぶり、目先の欲にまかせて暴走したおぞましい人々の行為の結末だ。

 原子の火は、宇宙の始原と生成,消滅のレベルの火である。人間の欲ごときで安易に弄んではならない。いわば神の火とでもいうべきものに後先も考えず手を出してしまった。悲劇はここから始まった。

 思えば、チェルノブイリ原発事故がその序章であったのだ。その反省もないままに、今回の福島原発事故が第1章のページを開いた。

 確実に、世界と文明は死への歩みを始めている。

 かつて、地上の生命体は猛毒ともいうべき酸素を逆に取り込み、生きる活路を見出した。そのように、猛毒というべき放射性物質を逆に取り込み生きる革命的な生命体へと進化を遂げでもしない限り、私たちの未来はないように思える。

 だが、ああ、何百万年かかるだろうか。

 苛酷な現実。

 しかし、私は、それを見すえながら、覚悟を決めて、それでも今を力強く生きたいと思う。人間として、今為すべきことに最善をつくし、一瞬一瞬をきらめかせながら、やがて生命が終わるとき、よく生きたと言えるように。

 

                                            2011.   5.14


じぃじねこさんー


 久しぶりにじぃじねこさんに会いました。オープン・ガレージの車の下で身を丸くしていました。じぃじもまたノラさんのようですが、ある家族にやさしく見守られています。出会って1年。以前住んでいたあたりで見かけた人なつこいねこにそっくりなので、とくに気にかかるねこ友達の一人となりました。この1年で、彼はずい分老いた感じです。年をとったねこは顔がビショビショになりますが、彼もそうです。人間の1年はねこにとっては4年ほどになるといいます。彼に残された時間はもうあまりないように見受けられます。せつない。それでも、大きな声を張り上げてニャオニャオと呼びかけてくるのが、うれしくもあり、また余計にせつなく感じられます。残された時間ができるだけ幸せにあふれていますように、と祈らずにはいられません。

 

                                               2011    1/16 


ー太古の時を彷徨うー


 現在、古代史を執筆中で、太古の時を彷徨っていますのでなかなか日々の思いを綴る時間がありません。

 

                                              2010 12/12


 ーグレねこさんー


 グレは背中から後頭部にかけて明るいグレーの毛並みが美しいネコさんです。

 いつも、ある家のオープン・ガレージで昼寝をしています。また、ほとんどいつも誰かに頭をなでられています。ゆったりとくつろぎ、人にうちとけている姿から、その家の飼いネコだとばかり思っていました。ところが、実はノラさんなのだということです。ボウルに水を入れてやさしく世話をしているある母娘がそう話してくれました。

 ネコさん、ネコさん、と呼びかけるのが私の流儀ですが、グレは今では、私の姿をみとめると大きな声でニャオ、ニャオ呼びかけながら私の方に近づいてきます。チーズが大好きなグレに会うため、いつもバッグにしのばせているのですが、つい忘れて家を出てしまったことがありました。待ってて、取ってくるから、と言って大慌てで引き返してくると、グレはネコではありえないような大声で、私を呼び続けていました。その心の開き様が尋常ではないのです。今まで一度も人に嫌なことをされたことがないのでしょう。あるいは、神か天使が宿っているのかも知れません。

 幸せなノラさん!

 しかし、今夏、グレはめっきり老いた風情です。残された命はもうあまりないように思えます。だから、なおさら愛しく感じられるのでしょう。

グレ、お友達、明日も会おうね。

 

                                                   2010  12/11


ーついに終わった!ー


 先週の日曜日、7月25日に私の著作「フラメンコ、この愛しきこころーフラメンコの精髄」の講読を終了しました。開始は2005年の春ですから足かけ5年にわたる長いシリーズとなりました。当初は1,2年で終えようと思っていたのですが、暖かい季節だけの月1回のペースの上に、忙しくて行えない年もあったためです。

 今の段階での丁寧な解説は、ある程度できたと思っています。また私の予想を越える数の研究生が最後までついてきてくれたのも嬉しい限りです。バイレにも熱心に取り組み、着実に力をつけてきている彼らは、やはり、より踏み込んだフラメンコへのアプローチをするものなのですね。本質、つまり根底からそれを知り、捉えたいという欲求が芽生え、それにつき動かされているとでもいうようなことです。

 スペインのことわざに、Saber es amor、つまり、知るということは愛すること、というものがあります。何かを好きになったら、もっと、いやとことん知りたくなる。恋愛のことを考えてみるとよくわかりますね。好きになった人のことはもっと知りたくなる。それと同じです。

 最後は、第5章の終り近くに出てくるアフリカのグウィ族が行う不思議な会話の仕方を実演してみました。言葉の意味ではなく、音の肌触りで心を伝えるやり方の一つです。数人が同時に、今他者に伝えたいと思っていることを各自が一気にしゃべりまくるというやり方です。スタジオ中が不協和音の大洪水のようになりました。私達があたりまえと思っている会話、言葉のキャッチボールの方法とはあまりにかけ離れているので、はじめはとまどっていたみんなも、その何とも言えない面白さに、全員大笑いとなりながら、講読会を終了したのです。笑い声はさらにその後の打ち上げパーティーまで続きました。高円寺界隈では一番と噂のお寿司をいただきながら、そして、なぜか、古の飛鳥、天平の食べ物、サメの肉、醍醐、フランスのパリ界隈の話、アルプス登山と落雷、また、ワールド・サッカーの優勝者スペインのクールなゴールキーパーの話など、脈絡もなく飛び交う会話と笑いの後に元気にパルマでのシメとなりました。

 この講読シリーズの途中で急に天に召されてしまった高野香子さんが私の傍らで本当に嬉しそうに笑う姿も、私にははっきりと見えました。

 

                                              2010  8/1     


 ーテアトロでビデオ撮影ー


 

 6月10,11,12,13日  6月10日から13日までテアトロでビデオ撮影に入ります。内容的にも、

映像的にも思いっきり刺激的で実験的なものになるはずです。

 ベースは、二つの私の心象風景。私には幼いころから少しずつ形作ってきて、いつの間にか

私の下意識の基盤になっている原風景とでもいうものが二つあります。

 それは、現実の光景に重なって、遠景となったり近景となったりしながら、いつも私の眼に

あるいは脳裏に浮かぶものです。一つは右前方に他方は左前方に、時にはくっきりと、時には幻

のようにおぼろげに観えるものです。それが今回のバイレのテーマです。具体的にどのようなもの

かは・・・出来上がったビデオが明らかにします。

 

                                                                           2010 6/4 (金)


   ー猫の友だちー


 ミーミ、グレ、ジージ

ネコさん、ネコさん、と呼びかけると返事をする。

それどころか、ミーミとグレは私の姿をみとめると、彼らの方からニーニャと呼びかけ鳴きながら、

私の方へ歩み寄って来る。

 4月の終わり頃のある真夜中には、ミーミは私の家までついて来た。「困ったらうちにおいで飼ってあげ

る」と呼びかけた日の夜のことだった。有頂天の私に、「覚悟しなければ・・・」という家人。一瞬ためらっ

た。鳴いて呼ぶミーミにチーズを玄関先であげた。しばらくするとミーミは去って行った。

 わずかな間で、ミーミは私の迷いを察知したのだ。

今は、真夜中の神社の境内で私を待つようになった。足音でわかるようだ。

ミーミの好物はハム。チーズはあまり関心を示さない。以前の飼い主だった老女は、時々ミーミにハムをあ

げていたのだろうか。彼女に突然死なれて、一人ぼっちの野良猫になってしまった境涯をミーミはどうやって

耐え、しのいでいるいるのか、そのことを考えるたびに涙がこぼれる。

幸い、老女と親しかった女性が一人、毎日ミーミにドライフードをあげている。

その女性の話では、神社の境内を掃除する小さいおばあさんがミーミをほうきでぶつそうだ。

神社の庭で、猫のくつろぐ姿は趣のある優しい風景なのに。

でも、真夜中には、ぶつ人もいない。

ミーミは今夜も、灯ろうの明かりの中で私を待っている。

 

                                                                         2010  5・16       晴

 

 


ー2010年 立夏ー


 最近、神社から出てくる猫とお友達になりました。

名前はミーミと言います。少し前、飼い主だったおばあちゃんが亡くなったそうです。

 

                                                                                 2010年 立夏

 


  

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