Top » 2020年11月

2020年11月

〇  秋になると、思い出されることがあります。隻眼の忍随(斉藤忍随氏)さんと梨の実のことです。忍随さんは、当時東大文学部哲学科教授(ギリシャ哲学)で、柔和な中に、ニヒルな鋭い影が見え隠れする風情のある人物でしたが、そのギリシャ哲学の講義の面白さといったら、一体何にたとえればよいかわからないくらいで、忍随さんの講義ノートは何冊にもなるものでした。大学1年の春に、なぜ親しくなったか思い出せない、同クラスではない女子学生の友人と二人でプラトンの「饗宴」の読書会を始めた私ですから、それは当然のことですが、とりわけ「エフェソの暗き人、エンペドクレース」にはクラクラするものがありました。地水火風が、フィリア(愛)とネイコス(憎しみ)の作用によって、永劫回帰する・・・。紫色の衣をひるがえして「私は神になる」と言い、エトナ火山の火口に飛び込んだその哲人の思いは測りしれませんが。

 そう、梨です。お宅に伺った私に、「食べなさい」と言って出して下さった皿の上には、大きな梨の実が一つごろんと乗っかっており、そばにナイフが添えてありました。えっ自分で剥くのですかと少し吹き出しそうになったことを覚えています。

 静かな、まだ真理が尊ばれる時代の秋の思い出です。

 

                                     2020 11/22