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2021年11月

  寺尾の花ちゃん

 秋になると、コーヒーと梨の実の香りの中に、隻眼の忍随さん(斉藤忍随氏 ギリシャ哲学)を思い出すことについては、以前ふれた通りですが、梨については、もう一つ、どうしても忘れられない思い出があります。それは、小学校時代の、一人の貧しい同級生のことで、彼女はいつも、小さな、頭だけ大きくて、手足は枯れ木のようにやせた、無口な弟を連れていました。彼女が病欠したある日の午後、教師に頼まれて、給食に出されたコッペパンを届けに、はじめてその家を訪れた時のこと。父母にかわって、ばた屋さんをやりながら、一人でその姉弟を養っているらしい、足の悪いお祖父さんが、ありがとうと言って、私にくださったものは、小さな傷だらけの梨の実でした。ご自分で召し上がればよいのに、それとも病いに伏せっている同級生の口に運ぶか、なさればよいのに・・・。赤貧の底にある人が、それでも、他人にやさしい気遣いをなさる。その静かなたたずまいと、ふるまいと、お顔の気高さが、子供心に深く焼き付いて、今も忘れられないものとなって、時折、ふっと立ち現れてくる ー 秋とは、何とも趣き深く、捨てがたい季節だと再確認されるのは、そのような瞬間です。

 

                               2021  11/28