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2021年12月

  本を暖にして・・・

 駒場の裏門を出て、山手通りを渡り、松濤町をふらりと下れば、15分程で渋谷に出ます。その渋谷の街の喧騒とは裏腹の、静かな闇をたたえた松濤の一角に、当時は小さな公園らしき空き地がありました。凍てつくようなある冬の夜、私は友人と、そこで時も忘れて議論に熱中し、終電を逃したことに気づいても、むしろ幸いとばかりの勢いで、ますます夢中になって話に没頭することにしました。詩のこと、音楽のこと、絵画のこと、社会や経済や政治のこと・・・。話の種は尽きることなくあったのですから。

 「アパショナータ(ベートーヴェン)」は、アルゲリッチかアシュケナージか、と少しエキサイトし、ファイトしたものの、「開聞に しぶく 海の蒼(あお)さよ」と投げれば、「コヨーテは その血を塩に漬けよ」と返して、微笑みに戻る・・・、水の一滴も飲まず話し続けるうちに、粉雪が一片二片と舞い降り始めた時、心は熱いがそれでも寒さに耐え切れなくなった私は、バックから本を一冊取り出して、まずカバーを燃やし、次に裏表紙、表表紙と続けるうちに、第三章までが暖に変じてしまっていました。第四章のみは価値があると考えていたため、炎となることはありませんでしたが、後日、バラバラになったそれをホッチキスで留めて持ち歩いていると、どうにも気持ちがのらず、結局もう一冊買い直して、やっと心が収まりました。

 しらみ始めた空の下を、どうやって帰宅したのか全く記憶にないのですが、あの時の議論の楽しさだけは、今もいきいきと思い起こすことができるのです。

※開聞:鹿児島県 開聞岳

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