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2022年8月

  生者は死者に煩わされるべからず。小さな出版社の主として、最期を迎えた父は、おそらくこの信条によるものと思われますが、「俺の骨は、そこらに打ち捨てておいてくれ」と言い残しました。それはそれで、また一興かとも思いはしましたが、残された私たちは、東金に向かう途中の山を切り開いた、空が思いっきり広い墓地に小さな墓をたて、生前父が好んで口にしていた美学者の深田康算さんの絶筆である「アビオス ビオス ビオス アビオトス(生きていれば死にたくなり 死にかけると生きたくなる)」をギリシャ語で墓石に刻んでもらいました。「こんな狭い所にいないわね。きっと風のように自由に、ユーラシア大陸を飛び回っているはず」。私たちはウフフと笑いながら、父の好奇心たっぷりの子供のような、あの愛すべき瞳を思い出していました。

 それにしても、死装束姿の父の顔の素晴らしかったこと。翁の能面か、一遍上人か。人の本質は、その死相に現われるものかと思われる瞬間でした。葬儀などは、残された生者のカテゴリーに過ぎない。まして、法的根拠も覚束ない、国民の半数以上が異を唱える形式なんて。『死霊』の埴谷雄高さんなら、こう言うでしょうー「ぷふい」。

 

                        2022  8/31