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2023年4月

 スペインの田舎町へレスには、春先に何度か訪れたことがあるのですが、昼はフラメンコのフンダシオン(センター)の3Fの図書館で資料と格闘し、夜はフェスティバルを駆け巡る毎日の中、ある夕方、突然、暇ができたので衝動的に、ジプシー(フラメンコの世界では尊敬語)の祖父と孫の馬車に飛び乗った時のことです。しまった!値段交渉をするのを忘れていた、と思った時には、すでに馬車はカラカラと石畳の上を駆け抜けていました。馴染のバルの前を、ワインレッドのストールをなびかせてその孫に笑いかけている私を目ざとく見つけた店主が走り出てきて「ルシアー」と叫ぶのも尻目に「リカルドー、後で行くよー」と手を振り、振り切った後、馬車はシェリー酒造街を通り抜け、ジプシー街の只中にいました。狭い路地のせいで、後ろから車の警笛の音がすると、さすがにジプシーの「悪童」(後で、パージョ=スペイン人から教え諭されました)。鋭い目つきで銃を構え狙い撃ちする格好で、振り向き、バーンと撃つマネをしました。道いっぱいに通る観光馬車を後ろから警笛でせかせるパージョもどうかと思いながらも、そうか、これがジプシーの男の子なのかと、妙に感動したりしながら、アルカ―サル(王城)の終点に着いた時には、日が暮れかかっていました。やはり、少しボラレましたが、覚悟の上ですから、ブエナ・スエルテ(グッド・ラック)といって男児をハグし、馬車を降りながら、馬をさわっていいか尋ねると祖父はうなずいたので、その葦毛馬の腹あたりに頬を押し付け、両手で抱くとゴワゴワとした冬毛が肌にあたり、ああ、これがジプシーの老馬なのかと妙に感じ入ったりしました。

 あの子は、今頃、もういっぱしのワルに育っているのか、あるいは、ギター弾きにでもなっているのか。

 先日、沖縄の方から、カルメン・アマジャ(フラメンコの女王といわれた)の生誕百年記念のシンポジウムをやるので、話を聞かせてくださいという電話がありました。

 路上で、裸足で踊っていたカルメンの踊りの秀逸さに皆が惚れ込み、アメリカ公演で大成功を収めはしましたが、晩年は、アントニオ・ガディスの映画(血の婚礼)の終末近くに、風の吹く丘で、趣のある姿で踊る場面に登場した後、踊ることができなくなった途端に、この世を去ったということですが、腎臓を患い、踊ることでようやく、生き長らえていたのを知るジプシー達は、その映画を観るたびに、アイケ・ペーナ(かわいそうに)とうめき、涙を流したと古老が言っていたのを聞いたことがあります。カルメンのブレリアのレコードを聴いては、猛然と稽古に出かけていく習慣の私が、その話をすると、私の師のマノレーテ(ジプシー族の王子と称されていましたが、時に路上で飲んだくれたりもしていました)が、カルメンのブレリアの振りを覚えている者がいるから習えと、一人の古老を連れてきてくださったことも、今は懐かしい思い出です。

 あいにく、古代史と考古学のアポリアと降るようなインスピレーションの只中にいた私は、その方とお話する機会が作れませんでしたが、沖縄では、フラメンキン(フラメンコ愛好家)の方々が健在なことを知り、とてもうれしく思いました。私は、大体タイミングが悪い星の下にいるようで、お話できなかったことを申し訳なく思っております。どうか、そのシンポジウムが成功しますよう、心から、お祈りいたしております。

                      2023  4/23