〇あっという間に過ぎようとしている1月を惜しんで
思えば1月は、私にとって別れの季節なのかもしれません。父、義母、大ラビ、そして梅原猛氏(哲学者、歴史学者)など。梅原氏が逝かれた2019年1月12日、私は、拙著「火焔の王」の最終校正の最中にありました。間に合わなかった!どれほど読んでいただきたかったことか。どのような文章も、筆者のパトス(感性)、ロゴス(理性)だけでなく、品性までも読み取れる、その意味で恐ろしいものですが、氏の文には、機智があり、悲しいまでの情愛がありました。まるで父のような・・・。拙著における私の推論は、自分でも驚くほど、「既成」の歴史「解釈」とはかけ離れたものとなっていますが、梅原氏なら、自説とは違っても全否定なさらず、受け取めてくださるはずという確信が、私の心の片隅にありましたので、その氏の死の知らせは、本当に耐え難いものでした。バイレ(舞踊)に狂い、興じている内に、本当にお届けしたかったものが後回しになった報いなのか。
そういえば、「フラメンコ、この愛しきこころ」を上梓した時も、あのユーモアと機知に富んだ舞踊評論家であった市川雅氏の、まさに死の直後でした。何ということか。物事に熱中しすぎて我を忘れ、いつもいつも私は、大切な人々とすれ違っているのかと今さら悔やんでみても、もはや後の祭りです。
天に召された梅原氏、津田左右吉氏、市川雅氏、蘆原英了氏、そして古代史が趣味とおっしゃっていた岸井成格氏などに天国向けの宅急便でもあれば、遅ればせながら頼みたいのですが、残念です。
2021 1/31
〇 青ざめた馬の幻影がみえる時代に
ラビ猫 ルシルー 遊ぼうニャー。
ルシア おやおや、甘えん坊に変身かな。ラビはいいね、コロナとは無縁で・・・
ラビ猫 今のところはね。でも僕だって、うがいと手洗い欠かしたことがニャイ。マスクはちょっと
ニャ、マスク気にしているとネズミが逃げちゃうニャ、でも、人間てかわいそーニャン、
暖かくて、カッコいい、オシャレな毛もないし、自然のセツリも身についてニャイ。
ルシア ラビさん達は、考える必要もなく、自然の法則に従って、自然そのものを生きているから、
いいね。人間はね、毛のない裸ん坊のみっともない姿を、妙な服やらでようやく隠し保護し
て、感性と理性を死に物狂いで鍛え上げ、フル回転しながら、何とか自然を生きようとして
いる。その作業を忘れたら、アッという間に自然の敵対者として、ハジキ飛ばされてしまう
もの。
ラビ猫 ニャるホドネー、ペロ、僕だって考えてるニャ。どこでどうすればネズコーをスパンと捕ま
えられるか、どうすればルシルに、腹ペコとか大好きとか上手く伝えられるか。ネコも大変
ニャンだけど、ネコがいいのは、ネズミを貯金できないこと。富の蓄積がニャイからマネー
とは無縁で、永遠の貧困層ニャンだけど、富裕層もまったく居ニャーイ。自由、平等、博愛
がネコの基本ニャンだ。
ルシア グレイト、ムイビエン、マニフィック ラビっサン!民主主義の基本理念そのままよ。人間
の場合は、地球上で50%強しか民主主義国家は存在せず、50%弱が何らかの形の全体主
義ということだから、愕然! 話が通じないはずよ。ラビさんたちは話が通じないことない
でしょ?
ラビ猫 何処に行ってもツーカー、ツーぎゃー、どこに行っても、猫は猫である。人間は所変われば
別の生き物、人間ではなくなるのか?厄介な生き物だニャー。
ルシア でもコロナが拍車をかけたのか、これまでの世界への反省意識がある程度高まって、アメ
リカの悪夢が終わったり、ヨーロッパのいくつかの銀行が、軍事(核兵器)に関わる物資の
生産部門を持つ企業には融資をしないと公表するなど、この星で人々が幸せに生きられる世
界づくりへの取り組みも、ポツポツ始まっているようよ。
ラビ猫 捨てたものでもないニャー。
ルシア あまりにもよくできた変幻自在の静かな「兵器」のようなコロナに比べれば、おどろおど
ろしい大型兵器が、逆に何世紀も前の間の抜けた遺物に見えて、つい吹き出しそうになる。
ラビ猫 ニャン、ソダシ。早くアソボ―ニャン。
治療薬ができて初めて収束するであろうパンデミックコロナと戦う戦場に、新年の挨拶は無粋と考
え、控えることにしました。
生きましょう、今年もまた、ひるむことなく。
※コロナ:covid19
2021 1/24